最近、
どんな経験も、「観測、以上。」
それでいいんだな。
そんな風に感じるようになりました。
何のために生まれてきたのか?
と考える時、
「より良い自分に向かうため」
と考える方も多いかもしれません。
昨日より、
謙虚な自分で、
丁寧な自分で、
思いやりのある自分で、
生きられるように。
もちろん、そうして、
一皮ずつ成長していくことは、
生まれてきた大きな意味です。
日々のできごとを通して、
気づきを受け取ったり、
狭かった視点が少し広がったり。
そうやって、
人は少しずつ変化していく。
でも、
自己対話を深める中で、
ひとつ感じたことがあります。
それは、
「より良くなろう」とするほど、
今ここから離れていく、そんな矛盾。
理解しよう。
変わろう。
もっと成長しよう。
そう前のめりになるほど、
いつの間にか、
「できている」「できていない」
の世界に入っていってしまう。
理解していない自分はダメ、
変われていない自分はダメ、
そんな風に。
最近ようやく感じているのは、
「ただ、今を、今として経験する」
それだけでいいのかもしれない、
ということ。
理解できても、できなくても。
成長できていても、できていなくても。
どんな自分なのかではなく、
そんな自分がいることを観測する。
起きることに意味をつけすぎず、
「観測、以上。」と、
今を、ただ経験していく。
そうして、今に在ることで、
理解や変化は自然とやってくるから。
だから安心して、
観測していたらいいんだ、と。
もちろん、
感情が大きく揺れると、
すぐに観れないこともあります。
人生のストーリーに飲み込まれて、
どうしようもなく苦しくなったり。
それでも、
ずっとそこで戦わなくてもいい、
と知っていること。
どんな時も、
「観る」に戻ることがすべてだと
分かっていることで、
生き方は大きく変わるように思います。
それでは、また。
観るに戻る。より良くなろうとするのをやめてみる

