「諦める」ことが人生を豊かにする

-考え方・捉え方を整える

こんにちは、
日々の気づきが目まぐるしい、
さやかです。



前回の記事で、

「実現を手放すことが、
私にとっての集大成だった」

というお話をしました。


これを聞いて、

ん?諦めてる?
仕方ないと放棄した?

と感じた方ももしかしたら
いるかもしれません。


今回は、
「諦める」ということについて、
少し考えてみたいと思います。

本来の「諦める」の意味

「諦める」という言葉を聞いて、
どんな印象を受けますか?


一般的には、

途中でやめてしまう、
無理矢理納得させる、
悔しいけど断念する、

とか。


ネガティブな印象で
捉えらえることが多いと思います。



私自身も、
もともと負けず嫌いな性格だし、

仏教用語の「諦める」という言葉に出会った時、
全く意味分かりませんでした。


諦めなさい?
真剣に生きるのをやめるってこと?、と。



仏教用語では、
「諦める」は「明らかにする」という意味


明らかにして手放すという、
その深い意味を理解するまでには、
しばらく時間がかかりました。


でも、様々な気づきを通し、
学びが深まっていく中で、

「諦める」というのが、
どれだけ大切なマインドかを
痛感しました。



人は執着をして、
そのことを手放せなくなるから
苦しみます。


でも、
この世の中で起きていく全てのことは、
自分自身の気づき=学びのために起きていて、

そしてもう起きていること自体が
”すでに”最善で完璧な状態なのです。


だから、
それを良い悪いで判断して
執着していくことには全く意味がなくて、

そうすればそうする程、
モノゴトの見方や考え方が偏り、
苦しみが増え、生きづらくなっていきます。


だから、
何かを途中で投げ出してしまう、
という意味の「諦める」ではなくて、

やり切った先、感じ切った先、
本質を突き詰めた先に手放す
という、

「明らかにする」
という意味での「諦める」は、

人生を豊かに生きていく上で
とても重要な要素になります。


”結果的に”という意識

例えば、

人間関係でのコントロールを手放す、
自分がコントロールできることに集中する、

というのはその「諦める」
の練習になります。


その積み重ねが、
人生をコントロールしないことに繋がり、
自然の流れに乗って、
自分が生まれてきた使命を
全うすることに繋がっていく。


諦めるというのは、
必死に真剣に人生を生きない
ということではなく、

全てを諦めて受け入れた上で、
つまりは全てを手放した上で、


(過去や未来の不安や希望、
執念・執着に左右されることなく)
真剣な今を積み重ねていくことで、


”結果的に”、
最も必死に、真剣に生きている状態
になれる、
ということです。


執着にしがみついて、
人生をコントロールしようとするほど、
幸せも豊かさも遠のき、
本当の意味で人生を生き切ることが
できなくなってしまう。


執着やコントールを
手放していったその先に、

「諦めて」いったその先に、
本当に自由で豊かな世界が待っています。


明らかにして「諦める」、
より豊かな人生のために、
紐解いてみてはいかがでしょうか♫



今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。

心穏やかに、
豊かな毎日に囲まれますように。

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