どうも、さやかです。
サンクスギビングで訪れた、
アラスカでの人生初のオーロラ。
旅に出るといつもその度に
たくさんの気づきをもらいますが、
今回のオーロラの旅も同じく。
今回はそんな、
オーロラの旅を通して感じたこと、
をお届けしますね。
ジャッジに囚われると苦しくなる
私たちが泊まったロッジは、
ホテル敷地内にオーロラ待機場所があって
そこでオーロラが出てくるのを待つ、
そんな場所でした。
そのロッジで感じたこと。
それは、
その場に集まったゲスト全員(私含め)が、
「見れるか見れないか」に囚われている、
ということ。
オーロラを見に行っているので、
当たり前のことでもあるのですが。
見れたらいいステイになるし、
見れなかったら良くなかいステイになる、
みたいな。
それってどうなんだろうかと、
途中からモヤモヤしてしまいました。
本来であれば、
どんな雲がかかった空も
雪の降り続ける景色も、
どちらもとても美しいはず。
でも、
オーロラが見たいと思う心は、
そうした雲や雪を「悪」と捉えてしまいます。
ありのままの美しさをありのままに
見ることができなくなってしまう。
これは人生も同じで、
自分の善悪のジャッジに囚われることで、
ものごとをありのままに見れなくなって、
モノゴトの本質を見失ってしまう。
良いか悪いか、
得しているか損しているか、
人より上な経験か下な経験か…
自分の二元的な思考に囚われることで、
人は不幸せになっていくんだな、
と改めて気づかされました。
今しかない
アラスカに行って知りましたが、
「オーロラが何時頃によく見えるか」を、
観測してくれるアプリがあります。
ある日、
オーロラがとてもキレイに見え始めた時、
アプリを見るとあともう数時間後には、
もっとキレイなオーロラが見える、と。
それなら今は少し中に入って温まって、
もっとキレイになる時にまた出てこよう、
と中に入りました。
でも、その後、
雲がどんどん出てきてしまって、
次の日の朝までオーロラは顔を出さず。
「今だ」という時を逃したら次はない、
ということを痛感しました。
人はどうしても、
未来や過去に生きてしまいがち。
でも結局、
それは幻想でしかなくて、
真実は今にしかない。
今を生きることの大切さが、
身に沁みる体験となりました。
足るを知る
今回宿泊したロッジ自体が
オーロラ鑑賞のスポットだったので、
夜になるとツアーで訪れる人もちらほら。
ある日の夜、そこに来てた、
ツアーガイドのおっちゃんの言葉に
ハッとさせられることがありました。
その日は、
雲が多くてうっすらとしかオーロラが見れず、
がっかりしていたツアー客達。
そのツアー客に向けて、
「Better than nothing‼︎
(何も見れないよりマシだよ!)」
と言い放ったガイドのおっちゃん。
確かに!!!
「もっとすごいのが見たい」という
もっともっとという欲望は、
人間の傲慢さの表れ。
「Better than nothing」精神で
まずあるに目を向けることの大切さ。
そしてその言葉は、
人生はシンプルでいいのでは?
何もなくても十分なのでは?
よりたくさんを求めることの意味は?
という問いかけのようにも聞こえました。
本当はシンプルが一番幸せなはず、
グサッと心に刺さる一撃でした。
全ては最善
オーロラという
コントロールできない大自然を相手にして、
「努力したから、強く祈ったから、
良いことが起きる=期待通りの結果になる訳ではない」
ということも感じました。
これはつまりは、
「良いことが起きることを
人生の目的とすべきではない」
ということを示している。
良い悪い、損得、上下、成功不成功…
起きたことがどちらだったとしても、
そこには必ず何かしらの気づきがあります。
人生で、
人より”良い”経験をたくさんすることより。
経験を通して心の縛りをほどいて
自分の心の声を聞けるようになることの方が
よっぽど大切ということ。
「いつまでも人の評価に
人生の軸を置いていないで、
早く手放して本来を生きなさい」
そんなメッセージにも受け取れました。
おわりに
今回の旅を総まとめすると、
イマココを生きること以外で、
幸せになる(満たされた心で生きる)方法はない
そんなこと。
大自然を目の前にして、
「もうそれしかないんだ」
ということがハッキリ分かって、
なんだかスッキリしました。
イマココに生きること。
それはキレイゴトでも
流行りでもオシャレでもなくて、
人生の真髄。
人生の探求はどこまでも続きますね。
では、また!
