当たり前を当たり前で終わらせない

意識をほどく

こんにちは、さやかです。


子どもと会話をしていると、
どれだけ自分が当たり前に囚われているかに
気づかされます。


白紙のキャンバスである子どもの思考。
子どもの問いかけには、本質性が見えます。


当たり前がないからこそ、
その発想は果てしなく自由です。


今回は、
当たり前を当たり前で終わらせないこと
についてお届けしたいと思います。

当たり前を壊すのが先駆者

量子物理学の世界の話や、
アートの歴史について
話を聞く機会がありました。


どの世界においても、
新しい発想で今までにない道を切り開くのは、
それまでの常識や
当たり前にとらわれない人でした。



量子物理学の世界で言えば、
新しい数式にたどり着く天才たちは皆、
常識や周りの流れに流されず、
独自の自由な発想を信じていました。


物理学者として、
朝起きてから寝るまで数式を解き続ける
強い探求心を持つことはもちろんであり、
大事なことはそれまでの
常識にとらわれないことでした。



アートの世界でも、
それまで正確な絵を描けばよかった時代から、
写真の出現により正確さがいらなくなった時、
革命を起こしたのは
常識にとらわれない発想だったそうです。


このようにして様々な分野で、
それぞれ天才と呼ばれる先駆者たちは、
時に異端児と呼ばれながらも、
自分の道を信じ進み続けた。


そのことで、
今までの当たり前を壊し続け、
今の世の中の当たり前が出来上がっている。


私たちの生活は、
その前代未聞の発想のお陰であり、

でもこの今の常識も
また長く続かないものなのだと、
先駆者たちの築きから学びました。

日常の当たり前にも立ち止まる

ある分野での新しい発見に限らず、
“生きる“ということにおいても、
日常生活の当たり前
から脱することは大切です。


なぜなら、
当たり前をただの当たり前で
終わらせてしまうと、

そこでそれ以上考えることを
やめてしてしまい、
人生が深まらないから。


これってどういうことなんだろうと、
立ち止まって気づきを得ないことには、
本質にたどり着けずに
上辺だけの理解で終わってしまいます。



では、
当たり前に気づいていけると、
どうなっていけるのか。


気づくとは
”意識的に生きること”となり、
本気で生きることに繋がります。



加えて、気づいていくことは、
自分の感情、苦しみ、人生、使命…
を理解することにつながります。


何に縛られているのか、
何がその苦しみを生んでいるのか、
生きるとは何なのか。


こうしたことは、
気づこうとしない以上気づけずに、
いつもの“クセ”や“パターン”で
終わってしまいます。


無意識を意識化していくことで、
“クセ”や“パターン”に気づくことができ、
自分で選択し直していくことができます。



そしてもう一つ、
気づくことは、
感謝や満たされた心にもつながります。


例えば、
今生かされていること、
自分の身体(細胞や免疫や血液さえも)、
今一緒に過ごしている人たち、
今置かれている環境。


全てを当たり前として終わらせないで
気づいていくことで、
今という時の重さを理解できます。


どれだけの奇跡の元に
今があるのかを感じることができる。



当たり前に気づくことには、
この様に人生を深める様々な効果があります。


そのため、
当たり前を当たり前としないで気づくことは、
生きていく上でも、
幸せになっていく上でも欠かせない
こと、
と言えます。


当たり前に疑問を持ち、
そこに問いが生まれると、
モノゴトを本質まで深掘ることができるので、

時代の変化に流されない、
自分軸での生き方をも
見つけ出せるようになります。

当たり前に気づく方法

目の前に起こる全てのことには、
気づき、学ぶべき何かがあります。


だからこそ、
気づこうとする意識を途切らせない、
これが気づきを得るためには欠かせません。



気づこうとする意識を
途切らせない方法としては、

・何か工夫できることがないか
・目の前のことで改善できることはないか

を考え続けることが有効です。



例えば、
家事をしている時。


どうしたらもっと効率的に進められるか、
どうしたらストレスなく終わらせられるか。


もっといいやり方はないか、
もっといい順序はないか、
何かやらなくていいことはないか…など。


1日の中に散りばめられた
家事という作業をする時に、
同じ意識を持ち続けます。


そうすると、
やっていること自体は“家事”なのですが、
本質的には執着を手放すことや、
バランス感覚を養うことに繋がってくるのです。



目の前のことの
本質を見れるようになること


それは、
”目の前のことを
本気でやることで何かが見えてくる”、
という言葉にも繋がります。



何か工夫できることがないか、
目の前のことで改善できることはないか、
その探求心を持ち続けることで
モノゴトの本質を見る力を養うこと。


無意識下の当たり前に気づいていくには
これが大切です。

おわりに

どんな分野であれ、
その道を究めている人には、
必ず哲学がある
と感じました。


そしてそこに共通するのは、
自分軸=魂が向かいたいままに
その道を探求する想いです。


人にどう思われるかや、
人にどう思われたいと言った様な、
他人軸にとらわれていては、
新たな道を見つけることはできない。



自分の哲学を持って生きるためにも、
当たり前を鵜呑みにしない意識で
日常を過ごすこと


そうすることで、
当たり前から多くの気づきを得て、
人生はより豊かになっていきます。


今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

みなさんが、
心から自分を大好きになって、
ナチュラルで幸せな毎日を過ごせますように。

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