気遣いと自己犠牲のこと

-子育て・人間関係

こんにちは、青山さやかです。



レンタカーで旦那の実家から、
私の実家へ移動してきました。


自分の実家へ着くと、
政府のアプリからすぐに、

”長距離の移動が確認されました。
連絡をさせていただくことがあります”

と。


監視されている~笑


一応入国時に申請はしているので、
問題はないのですが。



さてさて今回は、
気遣いと自己犠牲について
お届けしたいと思います。


みんな本当やさしい

日本に戻ってきて、
義両親家族、実父と再婚相手、妹、
と様々に過ごしています。


その中で感じるのが、
みんな本当やさしいってこと。


非日常的にいる私に対してもだけど、
みんなそれぞれに誰かしらを思いやって、

つまりはある意味、
気を遣って生きているんだな、

と。



私自身もそうだと実感しますが、
やっぱり人と人が関わると、
気を遣うよね…笑


「気を遣う」というのは、
思いやりや優しさだと思います。


ただこれは行き過ぎると、
自己犠牲になる。


そこがとても難しいなと感じます。



みんな優しいから、
みんなそれぞれに気を遣って、

気づけば自己犠牲をしてしまう



私も、
自由に生きたいと探求しながらも、

もともと繊細さんの敏感タイプなので、
気を遣われると気を遣います。



そして気遣いの度が過ぎると、
どんどん自分の軸がブレて、

自分の本質を見失って、
自分への裏切りが始まります…


自分の本当の声に蓋をして、
何かしら無理をして、
本来は求めていないことを選択しちゃう。



でもこれって、

相手のことが大事だからこそ、
相手を傷つけたくないからこそ、


その選択をするのでその塩梅が難しい。



こういう時は毎朝の瞑想など、
自分を整える習慣で、

しっかりと自分の意識を内側へ向け、
意識が外に持ってかれない工夫、

これがとても大切です。


不足感と気遣い

気遣いについて考察していくと、
不足感が強いほど気を遣う傾向が強い、
ことが分かります。


”自分がそのままでは足りてない”
という意識は、

相手にとって
有益な存在にならばければならない”、
という価値観を生み出し、

そのために、
常に相手の顔色を伺うことになります。


でもその不足感は、
外からの足し算では埋まらないので、

気を遣いが積み重なって自己犠牲となり、
更に自己価値を感じられなくなる、

という悪循環に陥ります。



自己犠牲をしている状態は、
自分のエネルギーに余裕がない状態なので、
自分の意識状態も低くなりがち。


客観性を持ってモノゴトを見つめたり、
視座を上げて全体感を感じることが、
できないので、

目の前の事象に飲み込まれて、
生きづらさを抱えやすくなってしまいます。



そのストレスから、
お酒や食べ過ぎに偏ったり、
心の状態がバランスを崩したり。



こうなった時には、
とにかく引き算!


自分のエネルギー量を
上げることに集中します。



エネルギー量が上がれば、
自ずと立ち止まって考えられるようになるので、
悪循環から抜け出すことができます。


そして、
エネルギーを見つめていく中で、
不足感や虚無感についても理解が進み、

エネルギーが上がるほどに、
満たされて生きられるようになります。



気遣いからの自己犠牲、
もし思い当たることがあればぜひ、

まず立ち止まって、
人生の引き算を心がけてみてください。


今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。


今日もすてきな1日をお過ごしください。

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