どうも、さやかです。
一時帰国中、
子ども達を父にお願いして、
久しぶりに一人で外出してきました。
子どもなしでママだけで、
ゆっくりとおしゃべりタイム。
今回は、そんな外出の中で感じた、
「マスク生活での気づき」の話。
不快感から気づくこと
普段はアメリカで車生活
ということもあって、
ほとんどマスクをしない生活。
お店に入る時にはマスクをするものの、
レストランなどでは席に着いたら外すので、
マスクをしている時間はほとんどありません。
でも、
日本で久しぶりに電車に乗ると、
「ずっとマスクを外せない」環境。
レストランでも、
食事を口に運ぶ時間以外は、
基本ずっとマスクをしっぱなし。
く、く、苦しい。。。
そしてしゃべりにくい!!
この不快感はなかなか衝撃的でした。
でも、ここで大切なのは、
「不快だな」「イヤだな」という
ジャッジ だけで終わらせないこと。
良い・悪いという判断を一度横に置いて、
「今」をそのまま客観的に観察してみることです。
マスクと言葉の間
「マスクを外せない状況」を
観察していく中で気づいたのが、
マスクがあることで、
”無駄なことをしゃべらなくなる”
ということ。
口元にフィルターがある分、
言葉を発する前の「間」が
自然に生まれるのを感じました。
その 「間」 の中で、
・言葉を選ぶ自分
・相手を深く聞こうとする自分
が、浮かび上がってくる。
そうすると、
不思議と上辺だけの会話が消え、
会話の本質が見えやすくなるように感じました。
マスクと呼吸の深まり
もう一つ、
「マスクを外せない状況」を
観察していく中で気づいたこと。
それが、呼吸です。
マスクをしたまま歩くと、
呼吸は浅くなりがちで苦しい。
それが逆に、
「呼吸そのもの」に意識を向ける、
きっかけになりました。
苦しいからこそ、
今どんな呼吸をしているのかに意識が向く。
胸は?
背中は?
お腹は?
そんなふうに観察することで、
身体との対話が深まることを感じました。
おわりに
マスクはたしかに不快。
でも、
その不快さを通してしか、
見えてこないものもある。
そう受け取ると、
この状況もまた「気づきの場」なんだなと思えます。
快・不快というジャッジで終わらせず、
「ここから何を受け取れるだろう?」
と見つめること。
その姿勢が、
日常を豊かにしていくのだと思います。
では、また!
青山さやか
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