幸せになることをブロックし続けるワケ

人生のしくみ

青山さやかです。



ワンダフルライフ、
という犬の映画を見ました。



一つの魂が、
犬として何度も輪廻転生する中で、
生きるとは何かということについて、
描かれているストーリー。



主人公の犬のナレーションがメインなので、
見ている間は不思議な感覚でしたが、
後からじんわりその良さが染み渡ってくる、
そんな映画でした。



犬は言葉を喋れないからこそ感じる力が強く、
だからこそ人の様に思考で人生を難しくせず、
流れを読んで今ここにある生き方ができる。



全身に感覚として、
原点で生きることが広がって、
今ここを生きることが深まりました。



さて今回は、
実は幸せになることをブロックしてきたワケ、
についてお届けします。



幸せへのブロック

人は生まれた時から、
すでにずっと愛に包まれる世界に生きていた

ということを理解したことで、
分かってきたことがあります。



それは、これまで無意識に、
ずっと愛に気づきたくなかった、
愛を受け取りたくなかった、
つまりは幸せになっちゃ困ると思っていた、
ということです。



愛に気づくというのは、
自己原点に気づくということです。



自己原点に気づくためには、
その周りにある「私」を整理して、
今ここの完全性を理解していくこと
が必要になります。



でも、
上辺では完全性を理解しようとしながらも、
実は完全性を理解することから逃げてきた、
そんなことが分かっていました。



「今ここの完全性を
受け入れるわけにはいかなかった」、
ということ。




なぜか??



だって、
こんな未熟な「私」を
認める訳にはいかなかったから




今の自分をそのままに受け入れる覚悟が、
今まではできていなかったということです。



”今ここ”の自分に、
真剣に向き合っているつもりで、
無意識では目を背けていたんですね。



だから、
本当はもっとすごい「私」や、
本当はこんなんじゃない「私」に逃避して、
一生懸命未来や過去を生きよう
としていた。
(無意識にですが…)



今この瞬間の状態を、
ジャッジをすることなく、
そのままに事実として受け入れるって、
なかなかの覚悟が必要になります。



つまりは、
覚悟が決まらないから、
幸せになることをブロックし続けている

というロジックになりますね。



自分の人生にコミットする

では、
どのようにしてそこを乗り越えたのか。



それは、
根底ではそんなブロックをし続けながらも、
自己原点の周りにある「私」を整理し続けたこと
にあります。



自分の外側にまとっているモノと
ひたすらに向き合い続ける中で、
だんだんと自己原点の周りが削ぎ落とされて、
最後の肝を見る覚悟が決まった。



準備ができたから、
今の「私」をそのままに受け入れる覚悟ができ、
自己本質=愛に気づく選択ができたのだと思います。




そして、
自己原点に気づき始めたことで、
完全性の理解もまた深まり、
ジャッジが手放せた感覚があります。



ジャッジをしないことで、
今ここの瞬間から気づけることの厚みが変わり、
日々がとても豊かになっていく。



例えば、
朝起きてむくんでいる自分を見たとして、
どう思うでしょうか?


「あー、またむくんでるー、イヤだなぁ。
本当はもっとスッキリした私なはずなのに。

これまで積み重ねてきた何かが、
悪かったんだろうなぁ…」



と瞬時にジャッジが入らないでしょうか。



ジャッジをせずにありのままを見るとは、
むくんでいる事実を今の事実として受け入れ、
それ以上とも以下ともしないこと。



ただ、
「むくんでいるという事実がある、
これは何のメッセージだろう?」と、

自分への気づきを深めるための愛のメッセージを
ただそのままに受け取れるようになる

ということです。



分かりやすい例をあげましたが、
自分が真に嫌っている自分の素質に対して、
そのままを受容することはできるでしょうか。



ありのままを見ること
=事実を事実のままに受け取ることは、
覚悟がいることなのではないでしょうか。



ありのままを見つめる覚悟ができて、
初めて本当の意味で、
自分自身の人生にコミットする覚悟が整う

のだと思います。



おわりに

自己本質の周りを整理することは、
どんな素質もこれもあれも自分にある
=これもあれも自分ではないんだ、
と理解することです。



自己本質が外側に纏う、
「私」というものがどれだけ曖昧で、
幻想に過ぎないのかということが分かり、

「私」はこの世界を体験するための
ツールに過ぎないと思える時、

執着やジャッジが外れて、
自己本質と「私」の同一化が終わり、

その奥にある自己本質を感じられるようになります。



「私」を感じていないと、
人はやはり不安なので、
何度も繰り返し同一化を外すという、
地道な鍛錬は欠かせませんね。



今日も最後までおつきあいいただき、
ありがとうございました。

観察力を磨いていきましょう!


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