雑草取りに学ぶ心のしくみ

思考感情マインドセット

こんにちは、さやかです。



先週は家と向き合う時間になった、
と書きましたが、
週末は庭と格闘していました。



一時帰国中にボウボウになった雑草。



そしてどうしたらいいか分からず、
ずっと放置していた半分枯れている
ローズマリーやバラや木々たち。



でもそんな庭仕事には、
心のしくみのエッセンスが
詰まっていました。


心のクセや囚われと雑草

まずは雑草取りを通して感じたこと。



これはみなさんもご存知だと思いますが、
雑草って丁寧に引っ張らないと
根っこから取れないですよね。



力任せに取ろうとすると、
葉っぱしか取れない。



心のクセも同じで、
丁寧に向き合わないと
根本から解決することはできない

ということに通じます。



なんとなく「向き合った」では、
実は葉っぱが取れただけで、
少ししたらまた生えてくることになる。



心の問題は
心のクセや囚われの根本解決が必要で、
そのためには丁寧に向き合うことが大事、
だと再認識しました。




また、そんな雑草の中でも、
スッと取れるものもあれば、
なかなか取れずにどうしても
根っこが残ってしまうものもあります。



心のクセの中には、
簡単に囚われが外れるものと、
囚われが強いものがあり、
それが長い輪廻の中での積み重ねによる
根深さの違いなのだろうと感じました。



握りしめて来た年数が短いほど、
手放すのは簡単だけど、
長い間握りしめて来たものは、
なかなか手放せない
ということ。



そして、
根っこが深いものに関しては、
時が来るのを待つことも必要で、
今全てを理解しようとしなくていい

焦る必要はないのですね。


必ず糸口は見つかる

庭の中には半分枯れた、
ローズマリーやバラなどの木々がありました。



どうしたものかと数年放置していて、
枯れた木の下から雑草も生えてきて、
枯れた枝と生きている枝と雑草とで
こんがらがってぐちゃぐちゃ状態。



背は低い木だけれども、
木や枝自体も硬いので、
一体どこから手をつけたものか
分からないほどでした。



まずは少しずつ一つ一つ絡まりを解いて、
小さな枝を切り落としながら
枝の輪郭を見えるようにするところから。



そうしていくと、
ガーデニングについて何の知識もないわたしですが、
だんだんと枯れている木、生きている木が分かって来て、
何をどうしていけばいいのかが分かってきました。



これは心も同じことで、
最初は複雑にからまっていて、
どこから手をつけたらいいのか
分からないように感じるけれども、
一つ一つ丁寧に紐解いていくことで、
必ず糸口は見つかっていきます




そして、
少しずつその視界がクリアになってくると、
心との対話もしやすくなっていく。



心との対話が深まると、
今何をすべきかが分かるように
なってくるのだと思います。



でも、
分からないから面倒だからと、
放置すればするだけ複雑になって、
最終的には心の闇となる…恐ろしや。



そう考えると、
分かるところからでいいから、
自分の心を紐解き始めよう、
と思えてきますね。


おわりに

庭仕事全体を考えたときに、
芝の手入れをしたり、落ち葉を掃いたり、
何か自分が気になるところだけは
これまでもやっていたなと思いました。



つまりは、
取り組みやすい所だけは取り組んで、
面倒なところは後回しにしてきた、
ということ。



それは、
向き合いやすい部分だけ向き合って、
向き合いにくい部分は目を背けて来た、
と同じことのように感じました。



自分の選り好みした部分だけを選んで、
そっちで忙しくして
本当に大事なことは見てみないフリをして、
目を逸らしてきた
ということ。



痛い痛い。。。



このことを通して、
自分がどれだけ覚悟が決められていなかったか
ということが分かりました。



覚悟とは何でしょうか?



覚悟って、
自分を追い込んだり、
何かしっかりきちんと完璧にやったり、
高い壁に挑戦したりとかだって
思い込んでいました。



けれども、実はそうではなくて、
覚悟とはまず今を受け入れる
そういうことなんだと思います。



今の状態を全て受け入れて、
目を背けずに丁寧に全てと向き合うこと。




それが本気でできた時、
自然と自分を必要な状態に律して、
ゆるみすぎず力みすぎずな
バランスが分かってくるんだろうな。



色々と奥がふかーい、
庭いじりになりました笑


今日の経験から
どんな人生のヒントが紐解けますか?

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