こんにちは、さやかです。
前回に続き、
私の生い立ちを振り返っていきますね。
今回は、
商社営業時代から
ミュージックスクールまで。
さやかの生い立ち① 生まれてから中学生まで
さやかの生い立ち② 高校生から大学生まで
さやかの生い立ち③ 商社営業時代からミュージックスクールまで
さやかの生い立ち④ 最終回
商社の海外営業
最初に就職しようと思っていた
ベンチャー企業が倒産寸前に追い込まれ、
就活浪人をして大企業へ。
「世の中に新しい価値を
提供できる仕事がしたい」
そんな想いを実現すべく、
縁のあった伊藤忠商事に入社。
配属先はチップ課。
海外から輸入した木質チップを、
主に製紙会社へ販売する仕事でした。
実際に働いてみて、
輸入業務や海外出張などを通し、
一定の学びはありました。
でも、
全然なじめなかった…
働いて1年を過ぎた頃から、
仕事に対して面白さが全く見出せず、
思い悩むことになります。
「バイオマス」という
新規ビジネスを担当させてもらったり、
海外に出張して現場を見たり。
何とか楽しめる道を模索しましたが、
違和感がどうしてもぬぐい切れず。
体調もメンタルも停滞していき(毎晩の悪夢も)、
3年で退社を決意しました。
会社で働くことに疑問を覚えてから、
辞めるまでの2年間。
「何のために働くのか?」
「仕事とは何か?生きるとは何か?」
と、自分に問い続けました。
熱くなれない、
必死になれない、
集中できない。
会社で働くことで、
自分らしさが失われていくのが
本当に苦しかった。
「思い切り自分らしく、
自信と誇りを持って仕事をして、
命を全うして生き切りたい」、
それが私の願いでした。
たくさんの人に会いに出かけ、
話を聞いたり、相談をしたり、
必死に動き回りました。
「嫌だから辞めたい」だけで、
ただの逃げなのではないか?
と、何度も自分に問いました。
でも、
「やらない後悔よりやった後悔」、
その言葉に素直に行動することに決めた。
会社を辞めるなら、何をしようか?と、
自分と徹底的に向き合いました。
母を亡くしてから、
ジャーナリングは習慣化していたので、
書き出して書き出して書き出して。
人生のキーワードは
心・言の葉・空間・旅・音と導き出し、
さらに自己対話を深めました。
そして、最終的には、
自分のスキルを磨く修行好き
×心の近くで働きたいこと
=シンガーソングライター、
という結論へ。
そのことを周りに伝えると、
「安定した大企業を手放すなんてもったいない」
「好きなことでお金を稼ぐなんて夢物語」
そう言われることばかりで、
悔しいこともたくさんありました。
でも、その悔しさが、
努力を重ねる原動力になったと、
今では感じています。
自己分析キット作り
自分自身、
かなり人生に迷っていたので、
自己分析・ジャーナリングは、
日々、欠かせないものでした。
人生の長期・短期目標を立て、
振り返りと課題探しをしたり。
心が不安定になるたびに
その原因や本当の気持ちを探ったり。
自分とは?人生とは?使命とは?
と書き出し続けたり。
向き合うテーマと問いは、
毎日次々と出てきました。
そんな経験から、
それらのスキルをまとめて、
オリジナルの自己分析キットを作成。
「過去の洗い出しから、
自分の生きる軸を見つけ、
未来のありたい状態も書き出し、
今何をしたらいいのかを導き出す」
といった内容。
このキットを使って、
主に大学の就活生向けに、
自己分析のお手伝いをしたりもしました。
今の原点にもなっている、
自己分析キットづくり。
自分と向き合うことなら、
いつまででもやっていられる、
それくらい大好きなことです。
OGチーム結成
それ以外の趣味としては、
変わらず旅とタッチフットボール。
社会人になって以降は、
インドやタイの農村などを
バックパッカーとして旅してきました。
スポーツでは、
大学の時に所属していた
タッチフットボールのOGチームを結成。
「OGが、学生のスタッフとして、
現役チームをサポートしながら、
現役としてプレイヤーも活動する」、
という新しいスタイルでチームを設立しました。
難しいこともあったけど、
立ち上げからチーム運営まで、
仲間と濃い時間が過ごせて、
ものすごく楽しかったことを覚えています。
第一子を妊娠する直前まで、
このチームでフィールドに立っていました。
結婚
会社へ辞表を出すのと同時期に、
婚約をしました。
結婚はすごく嬉しいことだったけど、
「結婚するから、会社を辞められる」
と言われるのは、すごく悔しかった。
3月:会社を辞める
5月:親族での挙式&会社関係での披露宴
6月:モルディブへ新婚旅行
7月:友人向けのガーデン披露宴
イベント企画は好きなので、
納得のいく形で結婚式をやりたくて、
全部で3回に分けて結婚式をしました。
その時の話は長くなるので、
また別の機会にでも。
みんなに祝福してもらい、
音楽での表現を改めて伝えたり、
これまでの感謝の気持ちを伝えたり、
忘れられない時間となりました。
旦那は今でもそうですが、
とにかくいつでも最大限の愛と、
サポートをくれる存在。
2人で将来の方向性を考え、
何をどう具現化していきたいか、
いつも話しています。
結婚当初は、
家を購入するにあたって、
資産運用の学校で学んだり。
不動産投資もスタートしたりと、
金銭面での学びの広がりもありました。
ミュージックスクール
会社を辞めて、まずは、
1年間ミュージックスクールへ通いました。
会社を辞めてから学校が始まるまで、
少しだけ時間があったので、
与論島へ1人旅。
ここの島がまた良かった。
流れる空気、時間、温かさ。
また行きたい場所の一つです。
ミュージックスクールでは、
作詞作曲の方法や歌の基礎スキル、
を中心に学びました。
それまで、
歌をやったことも、
ピアノをやったこともなかったので。
全てが新しい学びでした。
朝はジムに通って身体を鍛え、
その後自主練をしてから授業に出る。
授業の後はまた自主練をし、
夜は家庭教師の仕事。
そんな一年間。
日々、自分を鍛えて、
自分がやりたいことを学べるのは、
最高に爽快でした。
でも、
所属のない不安、
将来が見えない不安、
自分のスキルへの不安、
など。
常にプレッシャーに追われていて、
「結果を求めずに今に集中する」
ことが難しかったなぁ。
後から考えると、1年間で、
作詞・作曲ができたり、
ピアノで弾き語りができたり、
ライブができるようになったり、
ボーカルで賞をもらったり、
着実に進んではいたのですが。
毎日自分を追い込んで、
とても濃い1年となりました。
まとめ
「何のために働くのか」は、
何のために生きるのかと、
同じ問いだと思います。
自分にウソをつかないで、
自分らしく働き、生きる道を
模索し続けることが何より大事。
問いを立てることをやめたら、
日々流されて生きているだけになってしまいます。
何のために?なぜ?
自分とは何か?この世界とは?
探求し続ける道のりで、
私たちはさまざまなことを学び、
強くしなやかに自由になっていけるのだと思います。
ここまで色々ありましたし、
今も色々ありますが。
これまでの選択に後悔は一つもありません。
もし、今、どうするか、
悩んでいることがあるとしたら。
周りではなく、自分の声に素直に行動する!
これに尽きますね。
命を全うして生き切るために、
今日も今ここを過ごしていきましょう。
では、また!
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