子どもに残しておきたいもの

こんにちは、さやかです。



先日、友人が亡くなったと、
悲しいお知らせを受け取りました。



娘と同じ歳の子をを持つママ。



今回は、
友人の死と子育てについて、
感じたことをシェアしたいと思います。


目次

空へ旅立った友人

2019年7月、
お友達が40歳で天へ旅立ちました。



すごく近い存在ではなかったけれど、
大学の時に出会ってから、
何かの折に会っていました。



今年2月にガンが発覚してから、
あっという間の闘病生活。



ゲストハウスを経営し、
夢を叶えている最中でした。


最期の時間

一時帰国中にお見舞いに行ったのが、
最期となってしまいました。



体調が思わしくないのは見てとれたけど。

自分自身の母の時と同様、
本人にどんな態度で接したらいいのかは
正直分からなくて。



希望やエネルギーを届けたいと思いながら、
普通に振る舞うことしかできませんでした。



きっと本人には壮絶な不安と、
葛藤があって。



母を亡くした立場として、
私が伝えられることも
あったのかもしれないけれど。



でも本人からそんな話が
出なかったということは、

それで良かったんだろうと、
今は思っています。


母の死を振り返って

私自身が母親を亡くした時に、
私がほしかったものって何だったろう…



もちろん、
愛情とか温もりとかが一番ですが、

もう聞けない本人からの言葉、
これも大きかったです



母自身の考え、
生き様、
自分の小さい頃のこと、
私への想いや葛藤など。



それは人づたいに聞くのとは、
やっぱり違います。



亡くなった友人は、
家族にビデオレターを残したそう。



私が母を亡くした時とは違って
今はSNSもあるから、

その人のことを辿るすべは
色々あると思います。



でも、私が母親として、
子ども達へ残せる言葉は、
丁寧に紡いでおきたいな、と。



誕生日メッセージや育児日記、
自分のジャーナリングノート達は、
大事にしたいと思いました。


生きた証

友人が最期の言葉として残していた
"愛することは信じること"



その言葉の意味を、
日々噛みしめています。



どうしても、
できごとの結果や評価にとらわれて、
子ども達をコントロールしようとしてしまうけれど。



信じること、
これが子どもにとって
(子どもだけでなく誰にとっても)、
何よりも大きな力になると感じます。



限られた家族との時間のために、
限られた自分の人生のために、
いつかではなく今向き合うこと。




誰かを亡くすことは本当に心が痛いし、
近くの方々のことを想うと胸が痛い。



でも、
人は生きて、
必ず何か生きた証を残していくから。




私の中にも、
友人が残してくれたものは、
これからも生き続けていきます。



天国でまた会える日まで。


では、また!

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