「何かがあるから幸せ」は実は不幸せ

人との関わり方

先週末のNASAへの姉妹旅。



夫に子ども達を託して、
女子旅を決行したのですが、
上の子は母の不在が超苦手です。



子どもたちを置いて出かけることは、
そこまで珍しいことではないのですが、
毎回同じく精神的に不安定になります。



今回も心の準備のために、
少し前から話をしていたのですが、
前日まで不安定な状態が続き、
当日も泣きながら電話をしてきたり。



子どもにぐずっもらう、
子どもに不安がってもらう。



ここには何があるんだろう?
と自分の意識を探求してみました。



母親がいないことが不安
=誰かがいるから幸せ
と思っているということになります。



誰かがいるから、
何かがあるから、
この環境があるから私は幸せ。



この意識、私の中にもあります。



「誰かの役に立てているから私は幸せ」
「誰かの役に立ててないから私は不幸せ」

「ビジネスがうまくいけば私は幸せ」
「ビジネスが成功しなければ私は不幸せ」

この自己実現への根深い執着。




この環境があるから私は幸せ、
これは実はとても不幸せな状態です。




この世界は常に何事も変化しています。



物質的なモノもそうですが、
人間関係や地位・スキル・お金…など、
すべては確実に変化している。



人生において、
地位や名声が必要だと思っていて、
もし手に入れたとしても、
それは必ず変化していきます。



ずっと変化しないということはあり得ない。



全てが変化している世界で、
○○がないと本当の幸せにたどりつかない
という執着は苦しみなるだけ
です。



だって、
ずっと安定的に〇〇を持ち続けることは、
できないのだから。



私たちは、
この世界の何事も変化しないと勘違いし、
何かを持っている状態が幸せ、
と思い込んでしまいがちです。



でも実はそうではない、
心地よさや私らしさを確立した時点で、
苦しみは始まっているのです。




「地位も名声も求めなくても、
役に立とうと前のめりにならなくてもいい。



そんな小さな世界に囚われるよりも、
もっと無限の可能性を知って、
もっと自由に自在に飛び回ること。



何もなくてもすでに十分で、
幸せで満たされていて美しい自分に、
気づきなさい。



自分の存在の完全性に気づけたら、
人生を自由に謳歌できるんだよ。




子どもを通して、
そんなメッセージを受け取りました。



今日も最後までありがとうございます。


存在だけで役に立っている、
そのことを真に理解した時、
新しい世界が見えてきそうです。


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