『賢者の書』を読んで考えたこと

映画・本のこと

こんにちは、さやかです。



年末から、
『賢者の書』という本を
読み返しています。



この本は、
「主人公が8人の賢者と出会う中で、
人生に欠かせない要素を学んでいく」
という内容ですが、
人生探求に欠かせない要素たっぷり。



頭では分かっているけれども
日常を過ごす中で忘れがちなことを、
繰り返し読むことで
日常に染み込ませています。



その中でも、
第四の賢者の言葉がお気に入りです。

 ”人生における成功を、
 何になるかに求める人は多い。

 しかし、これになれたら成功、
 幸せなどという職業は存在しない。”

 
 ”まず真剣に考えなければならないのは、
 どんな人間になりたいのかである。”



どうありたいのか、
それが何よりも大切
ということ。



私はこれまで、

・どれだけ抽象度や視座が高いかどうか
・知見や専門性があって優秀かどうか
・生きるセンスが高いかどうか
・自分が整って愛が溢れているかどうか

そんな視点で人の価値を測る、
そんな傾向がありました。



でも、
第四の賢者の言葉にある通り、

・抽象度や視座が高い
・知見や専門性があって優秀
・生きるセンスが高い
・自分が整って愛が溢れている

という人は、
本人がそこを目指した結果として、
そういう人になれたのではなく、

その人のあり方が
人として然るべき方向を向いたから、
それ故の学びを重ねることができて、
そうした人間になれた
ということ。



ここの理解が
とても大事だなと思いました。



もともと自我が強く、
自分にしか興味がなくて、

「自分が幸せならそれでいい、
他人は自分の幸せのためにある」

くらいに思っていた横柄な私。



でも、
心の底ではそんな自分が嫌で、
誰かと本気で信じ合いたいと願い、

見返りを求めずに誰かを深く愛し、
愛を循環できる人でありたいと願い、

傲慢な自我と向き合うようになりました。



ただそのうちにいつの間にか、
人を深く愛する人に”なる”には?
と気づけばそこを目指して、
逆算であり方を定めていた自分がいて。



こうなってしまうと、
「なりたい」「得たい」から脱せれず、
結局目的ありきな生き方になってしまいます。



そうではなくて、
まず先にどうありたいのか。



どんな人間でありたいのか



こうなりたいからこうありたい、
ではなくて、
ただただどうありたいのか



未来ではなく今ここのあり方を、
しっかりと深く見定めていくことが、
とても大切になります。



今ここのあり方が
然るべき方向を向いていたら、
それを積み重ねた未来は
自然と整っていくから。



今この瞬間に、

どの言葉を発するのか、
どう行動するのか、
どう接するのか、
どう選択するのか、

全てはここからです。



今ココのあり方を磨きながら、
日々を積み重ねていきましょう。



今回も最後までお読みいただき、
ありがとうございます。

今ここ一つ一つを丁寧に、
日々が輝いていきますように。

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