こんにちは、さやかです。
先日、
7歳の娘が熱性痙攣を起こしました。
久しぶりの熱性痙攣、
何度経験しても毎回心臓が止まりそうになります。
目次
明日死ぬかもしれない
熱性痙攣が落ち着いた後、
娘の看病をしながら、
「人は誰しも明日死ぬかもしれない」
ことを改めて感じました。
母が亡くなった時も
祖父母が亡くなった時も、
娘が1歳で熱性痙攣を起こした時も、
「死はすぐそばにある」、
と何度も見せられてきたはず。
命という言葉には、
日々向き合っているつもりでした。
でもそれでも、
「いつまでも生きている」、
「明日が来るのが当然だ」と、
どこか無意識に信じている自分がいる。
頭でわかることと、
腹に落ちることは違いますね。
「今を精一杯生きられているか?」と
生きる姿勢を問われたように感じました。
今日という日に集中する
「明日死ぬ」という視点に立つと、
日々抱えている悩みや焦りが、
小さなことのように思えてきます。
「理想の自分にならなきゃ」
「役に立てない自分はダメだ」
「あの人みたいな人生だったらいいのに」
比較や評価に囚われてしまうのは、
「時間は無限にある」
と思い込んでいるからなのかもしれません。
「こう変化したい」という未来に縛られたり、
「まだ変われていない」と嘆くより前に、
「今日という日に経験できること」に、
全エネルギーを注ぎ込んでみる。
今を生きることで初めて、
「自分の人生を自分の足で生きる」
ことができるのだと思います。
おわりに
命のリミットを自分の中に持っておくこと。
そのことで、
「今日という1日を丁寧に生きる」
アンカーになります。
結果をコントロールしようとするのをやめて、
未来への焦りを一度手放して、
今日目の前にあることに丁寧に向き合う。
これが、
人生を後悔しないための秘訣かもしれません。
では、また。

