周りの目線が気になっちゃう!のはなぜ?

人間関係の紐解き

こんにちは、さやかです。


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アメリカで過ごしていて
一番気持ちが楽だなと感じてきたのは、
日本にいる時よりも
周りに監視されている感がないこと。



さまざまな人種がいるので
それぞれが違って当たり前で、
それぞれの価値観で生きていることを
認め合っているように感じます。



もちろんそれでも、
それぞれの「正しさ(常識)」で
ぶつかり合って、
トラブルが起きることはありますが。



でも、
「人の目」という意味では、
日本よりも少し自由に感じます。



ここでよく思い出すのが、
子ども達がもっと幼い頃、
一時帰国中に電車に乗るたびに
感じていた周りの目線。



子どもを見て親を見て、
子どもを見て親を見て…



明らかにチラチラ見られる視線は
どうしても気になって、
いつもジャッジされているように
感じていました。



すごく心苦しく居心地が悪かったなぁ。



でも、
アメリカに来て
人の目線から少し離れ、

逆に自分自身のジャッジの意識と
深く向き合ってきた
中で、

最近は周りからの目線自体が
あまり気にならなくなってきました




そうして考えると結局、
監視されているように感じるのも、
ジャッジされているように感じるのも、
やっぱり自分次第ってこと。



自分をジャッジしていたり、
周りをジャッジしていたりして、
自分自身が評価に囚われているから

周りにどう思われるかと
周りの目線が気になります




でも逆に自分自身が
「ジャッジメント=評価」に
それほど引っ張られなければ、
周りに何と言われようが気にならないもの




ジャッジの意識に引っ張られない・
ジャッジに囚われていない状態とは、
自分の中心軸が確立している状態です。



自分の中心軸がブレなければ、
アメリカでも日本でもどこにいても
心がブラされることはありません。



心がブラされるのは、
自分の中心軸が確立できていないから




モノゴトをジャッジの意識で捉え、
良い悪い、正解不正解という
評価にいちいち振り回されるから。



人の目線が気になる根本要因は、
自分自身のジャッジの意識

(評価に囚われた意識)なのです



ブレない中心軸を育みたいなら、

自分のジャッジメントの意識・
評価にまとまりつく意識を精査すること



観察を重ねていくことで、
二元的価値観から
離れることができるようになること



自分の中心軸が育まれる


こんな流れで自分と向き合ってみること。



中心軸が育まれたなら、
周りの目線にブラされずに
気にすらならなくなります。



やっぱりどんなことも
自分の意識の持ち方に帰結する



逃げたくなったり
避けたくなるようなことでも
自分のあり方に返すこと、
これが何事においても大切ですね。



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今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。


青山さやか
https://lit.link/sayakaaoyama

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