「お金」の再定義から見えた心の奥の想い

-家庭・家事・お金

青山さやかです。



先日、
ビジネスのセッションを受け、
久しぶりにお金について
見つめ直す機会になりました。



あなたにとって、
「お金」とは何でしょうか?



お金の定義は、
本当に人それぞれだと思います。



育ってきた環境や、
これまでの経験によっても、
お金の印象や関係性はバラバラです。





私にとっての「お金」とは何か?



書き出していくと、
自分の中の欲望の消化具合について、
色々と気づきがありました。



ちなみに欲望とは、
自分の中にあるエゴの種で、
燃やすこと=やり切ることでしか、
この種を取り除くことはできない

とされています。




まず、
お金に対する欲望や執着は、
だいぶ消化できてきている、
というように感じました。



私の「お金」の定義のベースは、
エネルギーであり豊かさの一つ
です。



現実的なところで、

・自分がやりたいことを形にしてくれるモノ
・あると人生の選択肢が増えるモノ
・価値を受け取るために必要なモノ
・生活するために最低限必要なモノ

みたいなことはあります。



でも、
大前提としてお金はエネルギー



循環させていくものであり、
滞るとにごるものです。



自分が外に出したエネルギー分だけ、
循環して入ってくるのがお金
で、
結果的に巡ってくるというのが
心地よいと感じます。



そして、
モノにしてもそうですが、
お金にしても、
今十分に暮らせるだけあればいい。



「十分に暮らす」
の定義も人それぞれですが、
私にとってのそれは、

・自分が豊かにしたい先にお金を循環できる
・家族それぞれが豊かになるための学びに投資できる
・資産運用などへの余白がある

です。



これらを加味した上での、
今必要な分があれば十分。



そして、
それは今叶っていると考えると、
お金への欲望(執着や不安も)は、
燃やされてきているのだと思います。




ただ、
お金に対する欲望や執着において、
家庭としては満たされているものの、

個人的な欲望は消化しきれずにある、
というようにも感じました。


お金
=自己実現の対価
=プロでやっていることの証
=社会に価値を提供している証
という価値観。



私の中に、

「自分に対して支払ってもらいたい」
「経営者として自分が社会と循環したい」

みたいな欲望がまだ燃やしきれずに
あるように感じます。




もっとお金がほしい訳ではないけれど、
稼ぎたい!商売したい!

という一見矛盾した心の奥底の欲望。



お金への執着はあまりないけれど、
社会とエネルギーを循環したい!
のだろうと思います。



ただ私は、
ボランティアではどうしても、
エネルギーの循環を感じられないので、

やはりエネルギーを循環した結果として
お金を受け取りたく、
「稼ぎたい」にいきつく。




欲望の種は燃やすことでしか
消化できないモノ。



ならば、
そんな欲望を認めて燃やしていくために、
行動していくことが必要
なのかもしれません。



この解消しきれていない欲望について、
もう少し内観を重ねてみようと思います。




「お金とは?」、
見つめていくと色々と気づきがあるかも。



ぜひぜひ、
再定義やってみてくださいね。



ではでは、また♪

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