『サラとソロモン』を読んで考えたこと

映画・本のこと

こんにちは、さやかです。



久しぶりにお天気で、
小春日和になりそうな週末に
ワクワクしています。



さて今回は、
『サラとソロモン』を読んで考えた、
「この世界の完全性について」、
お届けしたいと思います。



リスを見て思うこと

『サラとソロモン』という、
私が何度も何度も
読み返している本があります。



この本には、
”世界の完全性”について
分かりやすく書かれてます。



主人公はサラという少女と、
賢いふくろうのソロモン。



ある時、大きな山火事で、
美しい森林が燃える姿と逃げる動物たちを見て、
悲しくなったサラにソロモンが、

  《万事が良好であること》の証拠が
  ここにも在ることを示しているにすぎないんだ。

  地球がバランスを求めていることの証拠が
  ここにも在ることを示しているに過ぎないんだ。

と言います。



この火事にも価値があって、
すべてがうまくいっている、と。



大自然からのメッセージ
の記事でも書きましたが、
自然には矛盾がありません。



誰も何にも抵抗したり、
コントロールしようとしたりせず、
”完全”を受け入れて生きています。



”完全”を体感していくと、
ふと気づくことがありました。



私は今、
テキサスに住んでいるのですが、
自然が近くにあるということもあり、
ウサギやリスがたくさんいます。



車社会なので、
ウサギやリスが車にひかれてしまう、
ということも日常茶飯事。



そんな光景を見ていて、
「これも完全性なんだな」
と腑に落ちる瞬間がありました。



完全性とは目には見えないけれど、
引き寄せ合う力を持っている。



だからその時、
リスは車に飛び込まざるを得なかったし、
運転手もリスをひかざるを得なかった。



これが人間だったら、
それではすまされないことではあるのですが、
でも本当はすべてがうまくいっている



そういうことなのかもしれない、
そう感じました。



陰陽の世界に成り立っている

「完全性=せざるを得ない」
と考えていくと、
人間関係でもその要素が垣間見れます。



例えば、

愚痴を言う(言わざるを得ない)人がいる
愚痴を聞きたい(聞かざるを得ない)人がいる

怒られたい(されざるを得ない)人がいる
怒りたい(せざるを得ない)人がいる

意地悪をされたい(されざるを得ない)人がいる
意地悪をしたい(せざるを得ない)人がいる

頼られたい(されざるを得ない)人がいる
頼りたい(せざるを得ない)人がいる

などなど。



陰があるから陽があって、
陽があるから陰がある。



どちらが先ということもなく、
陰陽があることで完全性が生まれ、
事象として現れる。



こう考えていくと、
もし自分が理不尽だと感じたり、
望んでいない状況にいたとしても、
全て自分が望んだ結果にすぎない
ということが分かります。



全ては自分の意識の現れであり、
自分に意識が先にあって、
この世界がある(現象が起きる)。



そして、
何事も完全性の元に、
陰陽の引き合いの元に、
成り立っている。



それが分かれば、
もし現実を変えたいのなら、
相手や状況を変えようとするよりも、
自分を変えること
だ、
ということも理解できますね。



流れに逆らわないこと

『サラとソロモン』では、
全てがうまくいっているという、
万事良好の流れを、
《幸せの流れ》と表現しています。



この《幸せの流れ》は、
いつもそこを流れているけれど、
私たちはその流れを押しのけて、
《苦しみの鎖》に繋がろうとしている。



《幸せの流れ》に繋がり続けるのには、
ちょっとした練習が必要で、
その方法がこの本には書かれています。



私が何度も読み返しているのは、
この感覚をインストールするため。



「完全性は陰陽で成り立っている」
と書きましたが、
全てのことには陰陽があります。



だから、
モノゴトを二元的価値観の視点
=ジャッジしてみるクセがあると、
なかなか《苦しみの鎖》が外れません。



気づけば、
やってほしくないこと、
イヤだなと感じることばかりに
目を向け続けたり。



勝手な第一印象で、
悪いことだと決めつけたり。



例えば子どものケンカにしても、
ケンカをしてほしくない、
に目を向けるのは、
《苦しみの鎖》に繋がっている状態。



《幸せの流れ》を意識して、
捉え方を少し変えてみると、

・子どもたちは自分の感情表現の練習中
・絆を深め合っている真っ最中
・もっともっと仲良くなりたいんだね

そんな感じ方もあると分かります。



それだけで、
自分の心が軽くいい感覚を持ち始め、
《幸せの流れ》が注ぎ込んでくる。



まぁただこうしたジャッジの意識は
小さい頃からの積み重ねなので、
そのクセはなかなか強力ですが。



《幸せの流れ》は常にそこにあること、
自分が繋がると選択するだけということ、
すべてはうまくいっているということ




このポイントを頭に置きながら、
《幸せの流れ》に繋がる練習を
日々重ねていくことが大切ですね。



おわりに

ものごとをただ、
良い悪い、好き嫌いで判断するのではなく、
全て完全性から理解する意識。



この意識を持つだけで、
日常の捉え方ががらりと変わり、
気づきも格段に増えます。



何かに囚われて苦しむのではなく、
自由自在な思考で無限大に幸せに、
生きていきましょう。




今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

心穏やかに過ごし、
心豊かな日々に囲まれますように。

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