心はブラされることで磨かれる

使命と中心軸

こんにちは、さやかです。



一時帰国してもうすぐ1ヶ月。



さまざまな経験、再会を通して、
自分の心の中がかき混ぜられています。



今回はそんな中で感じる
自分の心の動きについて、
考察をまとめてみたいと思います。

心が揺れると心を磨ける

一時帰国での時間を通して、

「人との関わりで心が揺れたり
行動して心が動くことによって、
人は心が磨かれる」

そんなことを実感しています。



以前よりは日々に飲み込まれずに
客観的視点で過ごせているので、
身体も心も比較的中心にいる状態で
過ごせているように感じます。



それでも、
さまざまな価値観と触れ合ったり、
多くの想いが入り乱れる場に行くと、
後から疲れが出てきたりします。



そう言う時は、
「観察する」を意識していても、
無意識下で勝手に心が反応していて
エネルギーが流れ出ている状態




でもそれも人生において
必要な経験なんだと思います。



誰とも会うこともなく、
心乱されることが少ない生活は、
確かに心も安定しやすくて
自分が整いやすいかもしれません。



でもそれでは、
心の底にある様々な泥に
蓋をしているまんま。



ヨガ哲学では、
心に沈んだ泥をかき混ぜることによって
泥の存在が明らかになり、
泥を取り除くことができる

と言われています。



泥とは、
自分の執着や欲望、心のクセなど。



これらと向き合い、
これらから解放されていく中で、
自分とは何かを深めることが
人生の目的であるはずです。



だとしたら、
外に出て心揺さぶられるのは、
時にしんどいし疲れるけれども、
心を磨いていくためには必要なこと。



そんなふうに考えられると、
避けたくなるような経験とも
たんたんと向き合えるように思います。


おわりに

ちなみに、
人がしている無意識下の反応って、
1日に2万7千回(!)程度もあるそうです。



本来の自分で生きるためには、
気づけるところから一つずつ
意識化して可視化して向き合って、
中心を探求する日々の積み重ねが大切。



そして、
意識化・可視化するためにも、
心の揺さぶりは時に必要!
ということですね。


今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

素敵な1日をお過ごしください。

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