周りの目が気にならなくなった、その理由

人間関係

こんにちは、さやかです。



自分の中での覚悟が決まってから、
何だかとてもエネルギーが軽いことを
実感しています。



その理由はなんだろうと考えると、
これまでどうしても「評価」に
置かずにはいられなかった自分軸が
リリースできたように感じるから。



小さい頃から負けず嫌いで、
母に比較して厳しく育てられたわたしは、
人一倍人の評価に敏感で、
ずっと周りの評価に人生軸を置いていました。



だから、
ヨガや心の学びを深める中で、
結果への執着や比較や勝ち負けなど
評価に対する囚われと深く向き合ってきて、
その囚われは緩んではきたものの、
なかなか評価に置かれた軸が外れなかった。



緩んだと思ってもよーく見ると
「認めてもらいたい」というエゴは
やっぱりそこにあるという感じでした。



でも人生に覚悟が決まってから、
それがそぉっとうすれていくのを感じています。



評価に軸があるという状態

評価に軸がある状態って、
どんな状態かというと…



誰かに認めてもらわないと
自分の存在を信じることができないから
なんだかどこかいつも不安。



軸が外にあるから自分軸がブレやすい。



握りしめているものがあるから弱い、
弱いから評価に過剰に反応する。



常に自分や他人を評価しているから、
疲れる、エネルギーが漏れる。



こんな感じで、
まさに負の連鎖なんですよね。



なかなか手放しがすすまない時の心持ち

評価に軸があることによる
負の連鎖がここまで分かっていても、
なかなか手放せない日々。



無意識レベルでふと気づくと、

「否定されたくない、間違えたくない、評価してもらいたい」
「認められないのがこわい、評価されるのがこわい」

を心の奥底で握りしめていることに気づきます。



これって本当に苦しいんですよね。



分かっちゃいるのに〜〜って、
歯がゆいしもどかしいし、
自己否定したくなるし。



でもその時にも、
たんたんと足元を積み重ねること、
内観を丁寧に積み重ねること、
が大切です。



結果を取りに行こうと思っても
絶対にうまくいかないので、
心から評価を手放せる覚悟ができる日まで、
焦らずに観察し続けること。




心の準備ができて覚悟が決まる
という状態に至るのは、
自分の囚われが外れてエゴが鎮まった時
です。



何かに囚われているうちは、
自分の本質を信じられていないので、
人生を流れに委ねることができず
「私」が生きようとしてしまう。



そんなエゴが強い状態、
エゴと意識が一体化している状態では、
覚悟を決めることはできません。



ではどうしたらいいのか。



エゴを鎮めて囚われから外れていく方法は
囚われを見つめて観察して理解すること」、
もうとにかくそれに限る!



どんな時もジャッジの心に惑わされず、
今を受け入れて探求する心を忘れなければ、
必ず道はひらけます。



なかなか手放しが進まなくてしんどい時は、
それを信じて決して焦らずに
日々を積み重ねて見てください。


おわりに

覚悟が決まったことで、
「評価」を恐れていた心が
解消されたように感じます。



大きな変化をもたらしたのは、
エゴの囚われが外れたことでの
完全性の理解が進んだこと。



今を受け入れられたことで、
周りからのどんな言葉も行動も全てが
ただの人生へのメッセージに過ぎない、
と思えるようになりました。



どう反応されるかどう見られるか、
何が起きるかどう人生が進んでいくかは、
良いことでも悪いことでも
「どっちでもいい」と思える。



だってどんなできごとも、
今を探求し自己を探求するための
材料でしかないから





こうして完全性に委ねられている状態
(*流されているではない)が、
エネルギーが軽い状態なのだと感じます。




今日も最後まで読んでいただいて、
ありがとうございます。

探求を楽しんでいきましょう。

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